大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡地方裁判所小倉支部 昭和62年(わ)78号 判決 1987年8月26日

主文

被告人Xを懲役四年に、被告人Yを懲役一年六月に処する。

被告人らに対し、未決勾留日数中各一四〇日をそれぞれその刑に算入する。

訴訟費用は被告人両名の連帯負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人Xは、長崎県南松浦郡北魚目村で出生し、中学校卒業後暴力団の組織に加入し、その後、一時暴力団から脱退し、金融業手伝い、土方などをしたが、何れも肌に合わず、昭和五二年暴力団甲野一家行橋支部が結成されたことから同支部長代行に就き、同五七年には甲野一家理事に、同六〇年には同一家常任理事にそれぞれ就任し、同六一年一一月に甲野一家X組を結成し、現在その組長であり、被告人Yは、大分県中津市で出生し、中学校卒業後、漁業手伝い、工員、パチンコ店店員などをした後、同五三年甲野一家行橋支部乙山組組員、同五七年同組若頭補佐となり、このころ被告人Xと知り合い、前記X組が結成されたことから、以後同組に所属し、現在同組若頭であるが、被告人Xにおいて、同六〇年九月九日午前零時ころ、ゆくゆくは右X組の事務所にすべく借り受けていた福岡県行橋市大字道場寺《番地省略》の部屋に若い女性(S子)を同伴して赴いたところ、こともあろうに思いがけず、かねて顔見知りで覚せい剤を取扱い、自らも使用しているとの風聞のあったA(当時四八歳)が同所内のベッドに寝込んでおり、しかも覚せい剤を使用している様子であったことから、同人が無断で同所に立ち入り、かつ同所で覚せい剤を扱っていたと疑い、同人が覚せい剤を使用していることにより自己に覚せい剤事犯の累が及ぶのを恐れ、同人に対しいたく立腹し同人に対し暴力を振るってでも同人が隠し持っているであろう覚せい剤を取り上げ、同人を叱責すると共に、同所から退去させようと考え、「誰にことわって、この部屋使いよるんか。」などと言いながら同人をベッドから引きずり降ろして正座させた上、「お前シャブいっとらせんか。」などと言って、同人の顔を平手で数回叩くなどの暴行を加え、「シャブ持っとろうが、シャブを出せ。」などと覚せい剤を出すよう求めたところ、同人が覚せい剤の使用を否定したため、いっそう憤慨し、さらに同人を追及し、覚せい剤を探し出すべく、自己の配下であった被告人Yを電話で呼び出し、その直後、電話器の受話器部分で右Aの頭部を一回強打し、まもなくして同所に参じた被告人Yとの間で、しらを切っている右Aに対して暴力を振るってでも覚せい剤を出させようと暗黙のうちに共謀し、被告人Yにおいて、同被告人所携の金属製特殊警棒様の物で、右Aの頭部、左肘部、左大腿部等を約三〇回程度殴打するなどの暴行を加え、その際、前記各暴行により、同人に対し、加療約一〇日間を要する頭部挫創、左肘部打撲傷の傷害を負わせ、その後、被告人Xは、覚せい剤を探すうちにたまたま発見した右Aの札入に現金が入っていたことから、被告人らの前記各暴行により極度に畏怖しているのに乗じて、右現金を強取しようと企て、同人に対し、「もらっておくぞ。」などと申し向けて、右札入に入っていた同人所有の現金一七万円(一万円札一七枚)を手にした上、「このことは、黙っとれ。ちんころしたらただじゃおかん、殺すぞ。」などと申し向け、その言動からして、もし右現金奪取を拒否すればさらにどのような暴行を加えられるかもしれないと同人を畏怖させて脅迫し、その反抗を抑圧して、右現金を携えて同所を立ち去り、もって、同人から、右現金一七万円を強取したものである。

(証拠の標目)《省略》

(補足説明)

一  検察官は、被告人らは覚せい剤及び金員を強取する旨の意思を相通じ、Aに傷害を負わせ、その反抗を抑圧して金員を強取したもので、被告人らの罪責は強盗致傷罪に該当すると主張し、被告人ら及び弁護人らはこれを否定するので、順次判断する。

1  覚せい剤強取の点について

強盗罪を含む領得罪の成立には、不法領得の意思、すなわち「権利者を排除して他人の物を自己の所有物と同様にその経済的用法に従いこれを利用し又は処分する意思」の存在が必要であり、してみれば、領得後自己らの用に供し、あるいは他に譲渡することなく廃棄するとの意思は、不法領得の意思には含まれないと解するのが相当であるところ、これを本件についてみるに、被告人両名に、Aに覚せい剤を出させるという点で意思の連絡があったと認められること判示のとおりであるが、被告人らは、Aから覚せい剤を差出させても、これを廃棄する意思であった旨弁解しているところ、本件全証拠を検討しても、被告人らと覚せい剤との関係について、わずかに被告人Yが一〇年位前に使用したことがあるというに止まり、本件前後を通じて、被告人両名が覚せい剤にかかわっていて、特に本件当時覚せい剤を必要としていたことを認めるに足りる証拠はなく、かつ、前掲各証拠によって窺われる、被告人らがAに覚せい剤を出すよう求めた経緯(一部判示のとおり)等に鑑みると、被告人らの右弁解を、自らの罪責を免れるための単なる弁解にすぎないとしてこれを排斥することは困難であり、そうであれば、被告人らが、Aに覚せい剤を出すよう迫ったのは、これを自己らの用に供し、または所持したり、第三者に譲渡する意思ではなく、廃棄する意思からであったと云うほかはない。

そうしてみると、被告人らの右意思をもってしては、被告人らに覚せい剤に対する不法領得の意思があったということはできず、他に、被告人らに覚せい剤に対する不法領得の意思のあったことを認めるに足りる証拠はなく、被告人らに覚せい剤に対する強盗(未遂)の罪責を問うことは出来ない。

2  現金強取の点について

証人Aの証言中には、被告人Yが到着して以後、被告人Xが、Aに対し、「財布出せ。金を出せ。」などと言いながら暴行を加え、被告人YもAに対し、右と同様のことを言いながら暴行を加えたという部分があるが、同証言中の右部分はにわかに信用することができない。すなわち、前掲各証拠を検討すると、被告人Xが被告人Yを電話で呼びつけた目的は、Aが覚せい剤を使用しているとの疑いを持ったため、覚せい剤の発見及びAに対する制裁等に関し加勢してもらうことにあったのであり、その段階では覚せい剤にこそ関心があるも、被告人らには、Aが所持している現金にまで関心があったことは窺われないこと、被告人XがAの現金を強取するつもりであったなら、同被告人に対する反抗、又は同被告人からの逃走をまったく試みていないAに対し、あえて、被告人Yを呼び出して加勢を求めるまでもなかったと考えられ、被告人Xが被告人Yを呼び出したのは、被告人Xが、自己の支配領域内で覚せい剤が取り扱われていると疑いをもち、その疑いを明らかにする必要があると考えたことからであるとみるのが自然であること、A証言によると、被告人Xは、被告人Yが到着するまでは、覚せい剤を出せということだけで、現金の要求は全くしていないのに、被告人Yが到着してから、急に金を出せといい出したというのであるが、被告人Xがなぜ急に現金に関心を移したのか、その理由が明らかでないこと、そして、S子証言及びA証言によれば、被告人YがAの札入を探し出し「あった。あった。」と言って被告人Xに差し出したところ、被告人Xは、中にある物を振り出そうとして右札入を逆さまにして手にかざし数回振ると、その際、中から覚せい剤ではなく現金が落ちてきたことが認められ(被告人Xは、自分がそのようなことをしたのは、右札入の中に覚せい剤が入っていないかどうかを調べるためであった旨、捜査段階及び公判段階で供述している。)、通常現金を、あるいは現金をも強取するつもりならかかる不自然な挙動をとることなく単に札入の中を開けて在中の現金を取り出せば足りるはずであり、被告人Xの右挙動は、被告人らの関心がAの所持しているであろう覚せい剤にあったことを強く窺わせるものということができ、「あった。あった。」との言動も前叙の各事実に基づいて考察すると、札入は、被告人らが覚せい剤を探しあぐねた末、覚せい剤存在の最後の可能性ある物件と目して探していたものとも推察され、このことをもって金員強取の目的ありとは必ずしも断じ難いこと、Aは、本件後、再三被告人Xに対し金の返還方を要求していたが、同被告人Xからはこれを軽くあしらわれていたことに相当憤慨しており、被告人らに対する被害者意識が強く、恨みを持っており、そのため被告人らの罪責を重くするためことさら誇張した証言をしたとの疑いを払拭できないことなどの点を指摘することができ、これらの点に照らすと、A証言中被告人らがAに対し金員を要求しながら暴行を加えたとの部分は、そのまま信用することはできない。

そして、他には、被告人らがAに対し金員を要求しながら暴行脅迫を加えたことを認めるに足りる証拠はなく、本件全証拠を検討しても、被告人XにおいてAの札入を逆さまにして振り現金が出てくる時点までは、被告人らに金員強取の意思のあったことを認めることはできない。

しかしながら、被告人Xについては、前掲各証拠により、判示のとおり、右現金が出てきた後、強盗の犯意を生じてその実行行為に及んだものと認めることができる。

そこで次に、被告人Yについてみるに、本件全証拠を検討しても、右現金が出てきた後被告人Xが右のとおりその現金を強取した際、被告人Yがこれに明示の加功をした形跡はなく、したがって、同被告人に対し、被告人Xの右強盗の共犯の刑事責任を問うためには、黙示の方法であれ、被告人Xに対し何らかの援助をしたとか、同被告人との間で金員強取について意思を相通じていたとかの事実が認められなければならないところ、被告人らの捜査段階及び公判段階における各供述並びにA証言及びS子証言を含む本件全証拠を検討しても、右事実を認めるに足りる証拠はない(A証言及びS子証言によれば、被告人YがAの札入を見つけてこれを被告人Xに手渡したものと認められるが、その段階ではいまだ、被告人らに金員強取の犯意があったと認めることのできないことは前示のとおりであり、したがって、被告人Yの右行為をもって、被告人Xの強盗行為への加功ということはできない。)。

結局、被告人Yについては、強盗の共犯を認めることはできず、判示のとおり、傷害の限度で共同正犯を認めることができるにとどまるものというべきである。

二  なお、被告人Xは、Aから現金を借りたのであって、強取したものではない旨弁解するが、右弁解は、前掲証拠に照らせば、被告人Xが現金を取り上げて持ち去った際Aが何ら抵抗しなかったことを、Aが黙認したとこじつけているものにすぎず、かかる状態が黙示の承諾に値するものとは到底いえず、右弁解は採用できない。

(累犯前科)

被告人Xは、昭和五七年一二月一五日福岡地方裁判所行橋支部で恐喝罪により懲役二年に処せられ、同五九年一一月一四日右刑の執行を受け終ったものであって、右事実は、検察事務官作成の前科調書及び調書判決謄本によってこれを認める。

被告人Yは、昭和五六年一一月一二日福岡地方裁判所行橋支部で詐欺、銃砲刀剣類所持等取締法違反の各罪により懲役一年に処せられ、同五七年一〇月二二日右刑の執行を受け終ったものであって、右事実は、検察事務官作成の前科調書及び調書判決謄本によってこれを認める。

(法令の適用)

被告人Xの判示所為のうち、傷害の点は刑法六〇条、二〇四条、罰金等臨時措置法三条一項一号に、強盗の点は刑法二三六条一項にそれぞれ該当するところ、右の傷害と強盗とは包括して一罪として評価すべき場合であるから、一罪として、同法一〇条により重い強盗罪について定めた刑に従って処断することとし、被告人Yの判示所為は、刑法六〇条、二〇四条、罰金等臨時措置法三条一項一号に該当するところ所定刑中懲役刑を選択し、被告人両名には前記の各前科があるので刑法五六条一項、五七条によりそれぞれ再犯の加重をし(ただし、被告人Xについては同法一四条の制限内で)、被告人Xにつきなお犯情を考慮し、同法六六条、七一条、六八条三号を適用して酌量減軽をし、その各刑期の範囲内で、被告人Xを懲役四年に、被告人Yを懲役一年六月に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数のうち一四〇日をそれぞれその刑に算入し、訴訟費用は、刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条によりこれを被告人両名に連帯して負担させることとする。

(量刑の理由)

本件は、判示のとおりの経緯から、被告人Xにおいて、Aに対し暴行を加え、覚せい剤使用を否定する同人があくまでしらをきっていると考えて憤慨し、被告人Yを呼び出して、同被告人と共謀の上、Aに対し覚せい剤を出させてこれを同人に示し、同人の覚せい剤使用を叱責しよう等と考えて、Aに暴行を加えて傷害を負わせ、その上被告人Xにおいては、Aが被告人らを極度に畏怖していることに乗じ、さらに脅迫して同人の現金を強取したという事案である。

確かに、Aが本件当時覚せい剤を使用していた疑いはあり、これにより被告人らに迷惑がかかることも予想できなくはないが、だからといって、被告人らの暴行が正当性をもつわけでもなく、無抵抗であり逃走しようと試みてもいないAに対し、被告人ら二人がかりで暴行を加え、とりわけ、被告人Yにおいては、特殊警棒様の凶器でその頭部等をめがけて約三〇回程度も殴打するに及んだ行為は、人の身体に対する尊重の念を欠き、自らの目的を暴力を振るってでも実現しようとする暴力団組員ならではのものであり、その罪責は重いものがある。さらに被告人Xにおいては、Aが反抗を抑圧され、被告人らに対し畏怖しているのに乗じて、その現金まで行きがけの駄賃程度の感覚で強取するに至っており、傍若無人の犯行といわねばならない。

しかも、被告人Xにあっては、一六歳のころより暴力団に関係し、以後紆余曲折を経ながらも現在では組長の地位にあり、被告人Yにあっても、昭和五三年ころより暴力団に所属し、本件においては被告人Xの指示とあらば見も知らぬ人に対しても暴力を振るっているなど、いずれも暴力団特有の考え方に毒されており、また、被告人らには前記各累犯前科がある上、粗暴犯の前科も多く、その性格、環境などにも問題があって、被告人らが今後これまでの生活態度をどの程度改めることができるかについても心許ないこと、さらに、被告人Xは、本件犯行後、Aから、現金だけでも返還してくれるよう再三要求されていたのに、何とか責任を免れられるであろうと安易に考えて取り合わず、これに立腹したAから告訴され、その結果本件の発覚に至ったものであること、被告人Xは、被告人Yをも本件犯行に引き込んだものであること等の諸事情を併せ考えると、被告人らの本件各刑事責任はいずれも重いというべきである。

他方、Aにおいても、被告人らに覚せい剤使用を疑われても仕方のないような挙動があったこと、本件には、偶発的犯行の面があること、本件起訴後、遅ればせながら、Aに対し、被告人Xにおいては本件被害金分一七万円の、被告人Yにおいては慰謝料三万円の、各送金をしていること、被告人らが当公判廷において反省の念を示していることなど、被告人らに有利な情状をも考慮して、主文のとおり量刑することとした。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 桑原昭熙 裁判官 濱﨑裕 川口泰司)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例